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和田商店会「八の日広告」に掲載されている、コラム「電動椅子のお姉さんより」part9です。 ※お断りしておきますが、この文章はブログでの読みやすさを考慮し、管理人が勝手に改行しています。 内容に関しては一切手を加えてておりません 「世田谷の青年教室」シリーズは「その5」まで掲載しましたが、管理人の不注意で以降(その9まで)の保存ファイルが壊れてしまい、掲載することができなくなりました。大変申し訳なく思っております。 もし、原稿掲載の広告が残っているなら、改めて原稿を起こすつもりでおります。 思い出 この紙面で知った「わわ会」に行くようになって数年、私は若くして死んだ母親のことを思う。もし生きていたならば、おそらくは、ここにいる方々と同じくらいの年齢か…と。 母が死んだのは私が中学へ入学して間もなくだったから、母との思い出は小学生の時で、終わり。母が障害のある小学生の私に、よく言っていたのは、「普通の身体だと思ってなんでもやってみなさい」と「身体のことで悪くいう人は、その人の心が小さいからで、悪くいう人より大きな気持ちでいなさい」という二つのことだった。 この二つの言葉だけでやっていけるのは小学生の時だったからで、成長に伴い出てくる悩みには対応できない、ということは母も感じていたようにも思われる。それゆえに一人では無理な登山の遠足に付き添ったり、皆と学校では、できなかった理科の実験を、教科書をを読んでみて、家で工夫してできるものに限り、一緒にやってみたり、と思い出は尽きない。中学の制服姿の私を寝ながら見て、大きくなったね、と涙ながしていた母。あの涙は、喜びと、これから先への不安との二つが混ざっていたのではないか、と今の私には思える。わわ会で、「千の風になって」を歌うとき、歌が好きだった母も一緒に歌っているような気がしています。 電動椅子のお姉さんより |
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